「原因不明の水漏れを鑑定?」裁判例から学ぶ、押さえるべきポイントを紹介!

はじめに

 裁判では基本的に,原告・被告双方が,自分に有利な証拠を選別して裁判所に提出します。しかし,その一方で,中立な立場から専門家が証拠を作成する「鑑定」手続が裁判で行われることがあります。

 今回は,テナントビルの排水が下の階の店舗に漏れ,その漏水の原因が何であったかが争点となったケースを題材に,鑑定について解説します。

事案

 漏水事故発生を受けて,テナントの賃借人が賃料を支払わなくなったため,賃貸人がテナントの賃貸借契約を解除するとともに,テナントの明渡しと,賃料の支払い,契約解除後における使用損害金の支払いを請求した事案【参考裁判例:東京地判令和3年9月6日(平成30年(ワ)18492号)】

ポイント①

 民事裁判における鑑定とは何か。

1 本件の争点:漏水の原因

 本件で賃貸人は,漏水の原因は,テナントを借りている賃借人自身が行った内装工事の施工不良にあり,賃貸人には何ら落ち度がないと主張しました。
 これに対し,賃借人は,テナントの床下の既設管のひび割れから排水が漏れ出たことが漏水の原因であり,賃貸人に修繕義務違反があったと主張しました。

 賃貸人の主張が正しければ,賃借人の賃料不払いには正当な理由がなく,賃貸人によるテナント賃貸借契約の解除と,賃料・使用損害金の支払請求(合計1億2000万円以上)が認められるという結論となり得ます。

 他方,賃借人の主張が正しければ,賃料の不払いには理由があり,逆に賃借人に生じた損害について,賃貸人が賠償しなければならないという結論となり得ます。

2 鑑定の実施

 民事訴訟における鑑定は,裁判の当事者が裁判所に申し出ることにより行われる,裁判上の手続です。裁判所が指定した専門家により鑑定が行われ,鑑定結果が証拠となります。鑑定費用は,当事者が予め納める必要があります。裁判が終了するタイミングで,勝敗等を考慮し,最終的な当事者間の費用の負担割合が決められます。

 本件では,裁判に先立ち,内装工事の施工会社と,複数の漏水調査会社が調査を行い,漏水の原因について報告書を作成しており,証拠として提出されていました。

 しかし,報告書は決定的な証拠ではないと判断され,特別な学識経験を有する専門家が意見を報告する,鑑定手続を実施することとなりました。

ポイント②

 鑑定結果が出た後,両当事者は裁判でどのように争い,裁判所はどのように判断するか。

1 鑑定の結果

 本件の鑑定の結果は次のようなものでした。

 ・漏水事故の原因は,賃借人が行った工事で,グリストラップを経由する新設管(上流側)を既設管(下流側)に接続する際,既設管(40A)よりも太い新設管(65A)を接続した上,新設管を3か所で屈曲させて1周させ,立管までの距離が長くなる配管をしたことによるものである。

 排水管につまりが生じて,グリストラップから排水があふれて厨房の床から防水加工がされていないキャッシャーカウンターの床に流れ,スラブ上に滞留し,下階まで漏れ出てしまった。

2 鑑定を踏まえた賃貸人・賃借人の主張

 鑑定結果は,賃借人が実施した工事に施工不良があったために本件の漏水事故が発生したという,賃貸人に有利なものでした。

 そのため,賃貸人は鑑定結果に沿った主張を行えばよい反面,賃借人は概ね以下のように主張して鑑定には信用性がない旨の反論を行いました。

 ・漏水は複数回発生したが,毎回,排水がグリストラップからあふれていたわけではない。鑑定が指摘している漏水した排水の経路に,油脂が付着した痕跡はないことからも,鑑定結果は誤りである。

3 裁判所の判決

 裁判所は,本件の鑑定は,次の理由により信用できるとしました。

  ①有資格者である鑑定人が,
  ②専門的かつ公平な見地から意見を述べたものであり,
  ③手法は合理的で,
  ④鑑定のために採用された資料,判断過程に特段不合理な点は見当たらない。

 また,賃借人の鑑定に関する各反論はいずれも採用できず,鑑定の信用性を左右しないとも判示しました。

 その結果,鑑定結果に沿って賃借人の主張は退けられ,賃貸借契約の解除の有効性,賃借人の賃料支払義務,使用損害金支払義務(合計1億2000万円以上)が全て認められました。

終わりに

 裁判官は法律の専門家ですが,万物に通じているわけではありません。そのため,本件のような水漏れの原因を争点とする裁判では,裁判所の専門知識を補充するために,鑑定が実施されること少なくありません。

 法律上,裁判所は鑑定結果に拘束されず,鑑定結果は証拠の一つにすぎません。しかし基本的に,鑑定結果は非常に有力な証拠となりますので,都合の良い鑑定結果が出た側の当事者はかなり有利になる一方,不都合な鑑定結果が出た側の当事者は,鑑定の信用性を攻撃して状況を覆さなければならず,厳しい戦いとなるのです。

九帆堂法律事務所
弁護士 伊藤和貴
東京大学法科大学院修了
編著作:『実例と経験談から学ぶ資料・証拠の調査と収集―相続編―』など
雑誌『オーナーズ・スタイル』にて「賃貸経営法律トラブルQ&A」連載

以上