「浴室排水溝」から水漏れ!? 裁判例から学ぶ、押さえるべきポイントを紹介!

はじめに

水漏れは、部屋の賃貸人と賃借人の間で一番もめるトラブルの一つですので、事前に知識を得ておくことが非常に重要です。
コラムの初回となる今回は、マンションの浴室排水溝から水漏れが発生し、裁判まで発展してしまったケースを題材に解説します。漏水の原因について双方の主張が分かれた際のイメージをつかんでいただければと思います。

【事案】

マンションの浴室排水溝が詰まり漏水事故が発生したことを理由に、賃借人が賃料を支払わなくなったため、賃貸人が賃料の支払い及び部屋の明渡しを請求したところ、賃借人から反訴として、漏水事故について損害賠償請求を受けた事案【参考裁判例:東京地判令和3年3月29日(平成30年(ワ)4728号、令和1年(ワ)21719号)】

ポイント①

漏水事故が発生した際に、賃借人は、どのような場合に、いかなる範囲で、賃貸人に対して損害賠償請求をすることができるのか。

1 法律構成

漏水事故により被害が生じた場合、賃借人は賃貸人に対し、賃貸借契約(民法601条)上の修繕義務違反に基づく損害賠償請求(民法415条)をすることが考えられます。この場合、賃借人は、設備が老朽化等しており修繕を要する状態となっていること、賃貸人が修繕を怠ったため、賃借人に被害が生じたことを証明する必要があります。

2 請求の内容

上記損害賠償請求で請求できる範囲は、漏水事故により生じた損害です。本裁判例では、漏水事故により部屋で保管できなくなった書類の保管費用、漏水事故発生時に避難していたホテルの宿泊料金が請求されました。漏水事故により使えなくなった所有物があった場合には、その物の価値も請求に含まれることになります。

3 漏水事故の原因

本裁判例では、漏水の原因について、賃借人が排水管に異物を詰まらせたからである可能性や、賃借人が同時に多量の水を排水したからである可能性が否定できないと言及されました。その上で、老朽化など、マンションの設備又は構造上の瑕疵(通常有すべき品質を欠いていること)があったとは証明されていないと判断されました。

4 修繕義務違反

本裁判例では、漏水事故の13年前に賃貸人が排水管を交換していること、排水管の清掃時に異常が見つかっていなかったこと等から、賃貸人が修繕義務に違反したとは認められないと判断しました。以上から、賃借人による損害賠償請求は認められませんでした。

ポイント②

漏水事故が発生した場合に、賃料支払義務は免除されるか。

1 法律構成

賃借人は賃貸借契約に基づき、賃料の支払義務を負います。賃料滞納がある場合には原則として、賃料債務の不履行を理由として賃貸借契約を解除し、マンションの明渡請求ができます。

これに対し、賃借人は、自身に帰責事由がなく、マンションの全部又は一部が使用不能になった場合には、その割合に応じて賃料が減額されるため(民法611条1項)、当該減額分について賃料滞納は生じていないと反論することができます(本裁判例では、賃借人は、賃料減額請求権(改正前民法611条1項参照)を根拠に反論を行いました。)。

また、賃借人が漏水事故により被った損害に関する損害賠償請求権と相殺することで、賃料債務を免れるとの反論も考えられます。

2 使用不能について

本裁判例では、賃借人は多数の漏水事故が発生したと主張しましたが、裁判所は、2回の漏水事故を除き、事故が生じた確たる証拠はないと判断しました。また、発生したと認めた漏水事故に関しても、それほど大きな被害は発生しなかったとして、部屋の使用不能は一切認められませんでした。そのため、賃料支払義務は免除されませんでした。

3 帰責事由について

本裁判例ではさらに、漏水が生じた排水管から、賃借人の所有物と思われるものが出てきたこと等から、漏水の原因が賃借人の責に帰すべき事由によるものであった可能性も否定し得ないと指摘されました。

終わりに

今回取り上げた裁判例では、賃借人の主張はほぼ認められないという結果となりました。しかし、漏水事故の原因について、本件とは異なる事情、証拠があればもちろん、真逆の結論ともなり得ます。

トラブルが発生したとき、仮に裁判となることも考えざるを得ない場合には、いかなる事情、証拠が判断の分かれ目となるのかを意識して証拠を集めることが重要となります。そして、裁判例は、判断の分かれ目がどこにあるのかを考えるときに非常に参考となるのです。

九帆堂法律事務所
弁護士 伊藤和貴
東京大学法科大学院修了
編著作:『実例と経験談から学ぶ資料・証拠の調査と収集―相続編―』など
雑誌『オーナーズ・スタイル』にて「賃貸経営法律トラブルQ&A」連載

以上